手のひら


 

 弾けたら、もう止められなかった。
 終わりだと思った。
 哀しかった。
 でも、たった二文字の言葉が俺の脳裏の隅に張り付いて離れない。
 言葉にするだけ無駄だと思っていたのに、



 「好き」だと、思った。





「……く、」
 擦れ合う部分から、ぐちゅぐちゅと卑猥な音が響く。
甘ったるいジェルの匂いが鼻につく。もはや二人の体臭までも甘く感じるほどに。
達したばかりの余韻が残っているのか、流河は俺の下でぶるりと身震いした。
流河の中は狭くて熱くて、みっちりと俺を銜え込む。
先刻の余韻や慣らすためのジェルがあるとしても、流河の苦しそうな表情は
未だに変わらなかった。当然だろう、こんなところに男を受け入れるなんて
やっている俺にだって想像もつかない。
ただ、この締め付けられる圧迫感や時に発せられる呻き声に俺はツキツキと胸が
痛むのを感じた。こんなことで今更、胸を痛めるなんて本当にお笑い種だが。
でも実際に、流河がこの行為で感じてくれなければ何の意味もないのだ。
俺は、宥めるように流河の耳の裏を舐め取った。
「ん……ぅ…、」
 だんだん荒くなっていく息。挿入にリズムをつけて、俺はぷっくりと紅く膨らんだ
流河の胸を掴んだ。――いや、掴むほど胸があるわけではないので、
半ば強引に揉みしだく。テクなんかないから、もう完全に手探り状態だ。
要は流河が息を乱す部分を弄ればいい。俺は慎重にポイントを探った。
耳はあまり強くないらしく、唇を近づけて息を吐くだけでもびくんっと身体を揺らす。
舐るように耳ばかり攻撃したら、いやいやするように流河は俺の胸を弱々しく押し返した。
こんな些細なことでも俺の股間は反応を示すのだから、もう本気で末期なんだろう。
かわいいと思ってしまう俺は、もうずっと前から病気だったのだ。
 ただ、やみくもに打ち込んだ。でもこれでは埒が明かない気がする。
俺は両腕に力を込めて、ベッドに押し付けていた流河の身体をぐいと引き上げた。
「…ひ……っ!」
 半転した景色に流河が息を呑む。向かい合い、俺の膝に乗せられた流河の驚いた顔が
間近に見えた。熱い吐息が交じり合うほど、近い。
俺は、すぐに律動を再開した。流河が声を上げる。
「や……も…ぅ…っ、」
 律動を続けながら、きゅっと絞るように俺は流河の細い腰を掴んだ。
「そのまま沈めて……、」
「っん…!」
 先刻よりも深く奥まで俺の猛ったものを打ち込む。流河は衝撃に思わず仰け反った。
俺は素早く、その露わになった白い喉に軽く歯を立てる。
嬌声が上がった。やっと、流河のいいところを突いたらしい。
「…は…ぅ……、」
 はあはあ、と上下する度に互いの息が上がった。
流河のしっとりと汗ばんだ肌が薄闇の中、真珠玉のように淡く光る。
たまらず流河の尻の半分を鷲掴みにすると、声にならない悲鳴を上げて
顰め面のまま俺を睨んだ。今は、もうその睛も潤みきっている。
 いやらしい顔だと、思った。下半身が快楽と同時に痛みを伴うほど。
それほどに張り詰めていた。もう、限界が近い。
見ると、流河のものも痛々しいくらいに硬く反り上がっていた。
指を絡めると、流河は目を閉じて身体を震わせる。
「辛いだろ…イけよ……、」
 何度か扱くと、流河の肩が大きくぶれた。
「…あっ……!」
 熱を持った白濁の液体が先端から勢いよく飛び出す。
その何秒後かに遅れて俺も達した。流河の中で、とくとくと精液が溢れ出るのを感じる。
どこもかしこも熱かった。俺と流河の匂いが溶けている。
激しく息をついて、この短い期間の中で思い詰めた衝動を凡て流河の中に
吐きつくした気分を俺は何となく味わった。
それから、やっぱり俺は心底自分勝手な人間なのだと思い知る。
「……ひどい顔を…しています……、」
 まだ静かにならない吐息の下で、流河は俺の頬を手のひらで包んでそう呟いた。
俺は、咄嗟に言葉が出ない。
「……、」
「……泣かないで。」
「――泣いてない、」
 苦し紛れに吐き捨てて俺は、まだ足りないと貪欲に流河の身体を貪った。







結局、二回目も俺は流河の中に放った。自分のものを引き抜くと容量を超えた液体が、
どろりと流れ落ちて流河の白い太腿の内側を汚す。
そこに手を伸ばそうとすると、流河はフルフルと頭を左右に振って拒んだ。
「掻き出さないと――、」
「結構です……、」
「自分でやるのか?」
「あなたにされるよりはマシです…。」
「……けど、自分でやるのはもっと虚しいと思うぜ。
嫌だろうけど、さっさと終わらせてやっから大人しくしてろよ。」
 俺の言葉の意味を理解したのか、流河は押し黙った。
この状況で今更、恥ずかしがるのは無駄だ。自尊心のこととして流河は拒んだが
結局は俺の云うとおりにする。でも、そんなことで優越感を得られるほど
俺は大人でも性格が悪いわけでもない。
 するりと手を伸ばして、やわらかくなった流河の中に指を挿し入れた。
「……っ、」
 羞恥で頬を朱に染めた流河は、ふいっと顔を伏せた。
指を動かすと、とろとろと蕩けたミルクが次々に溢れ出てくる。
二回も放ったのだ。それなりの量はあるだろう。
とにかく早く終わらせてやらなければと、俺は出来るだけ要領よくニ本の指を使った。
ふと、顔を上げると流河の身体がプルプルと小さく震えているのがわかる。
不本意なことに、彼は感じてしまっているらしかった。
それがわかると同時に俺のものも、ぴくりと息を吹き返す。
俺達は言葉を交わさなかった。ただ、作業に没頭しながら互いに衝動を堪える。
下半身が重く痺れていたけれど、俺は自分の身体に起こった現象などに
見向きもせずに流河の中に吐いた欲望を全部掻き出した。
とても辛い仕事だった。
「……全部、出たか?」
「……たぶん、」
 流河は俯いたまま答えた。睫毛が震えている。
「……風呂、入って来いよ。お湯は溜めてないけど、シャワーは使えっから。」
 云うと流河はこくんと頷いて、そろそろと用心深く身体を起こした。
俺は比較的、汚れていないシーツを流河の肩にかける。
よろよろと覚束ない足取りで彼は風呂場に入っていった。俺は息をつく。
それから、もう完全に天を突いている自分のものを見下ろして再び息をついた。
 自ら手を伸ばして処理する。
身体は火照っていたが、もう流河の熱は残っていなかった。

「……あー、」

 微かに呻いて、俺は下肢を適当に拭いスゥエットだけ身につける。
汚れたシーツは乱暴にひとつにまとめた。
もう部屋は、とっくに真っ暗だったが今更、明かりをつけるのも億劫だ。
ただ、風呂場から淡く差し込んでくる照明だけが空虚な部屋を照らす。
流河の手のひらで包まれた感触だけ、頬に思い出した。
その手のひらは、つめたくもあたたかくもないのにやさしい。



 俺は、泣いた。

 

 

 

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