欲しい体温


   あのおかしな夢をみた日からというもの、俺の流河に対する見解はガラリと変わった。
とりあえず弁明しよう。自分はホモではない。至って普通の性癖の持ち主だ。
あの後、レンタルでAVを借りて帰って自慰をしたことが何よりの証明になるだろう。
(ちなみに俺はナース系が大好きだ)
 けれど、流河にだけはちょっとおかしなことになっている自分がいる。
それは認めよう。けれど、他の男になんかはちっとも興味なんてわかない。
流河よりも、ずっと人受けのいいであろう夜神のことだって何とも思わない。
「……病気だな、病気。」
 自分で呟いて、ため息が出た。
しかし、こんなことでヘコんでいる場合ではない。
何はどうあれ、今日も大学へは行かなければならないのだ。


 大学について俺は、ふらふらとキャンパス内を歩いた。
授業までには、まだ少し時間がある。図書室にでも行って時間を潰そう。
そう思って、俺はそのまま図書室へと向かった。
 ここが静かなのは当然のことで、静かに本を捲る音や筆記する音ばかりが響く。
フィクションの御伽噺に興味はない。
俺は、するりと本棚の間を擦り抜けてお目当ての書籍を二冊ほど手に取った。
とりあえず、どこかに座って読もうと考えて思い出した。
確かこの本棚の奥まった場所に椅子が二つほど置かれているはずだ。
空いているのなら、そこに座って読もうと思って俺は奥の方へ進む。
本棚のおかげで完全に死角になっているそこを、ひょこりと覗くと
どうも先客がいるようだった。何だよ誰だよ、と思ってよく見てみると――、
「……流河?」
 少し声が掠れた。何というか、とても予想外だったから。
椅子は壁を背に二つ並んでおり、その一つに流河が座っていた。
いつもの膝を抱えたスタイルで床に落ちているのは読みかけていた本だろうか。
自然と彼の手から滑り落ちたものらしかった。
 ――そう、流河は眠っていたのだ。

(流河も寝るんだな……、)
 俺は的外れなことを考えながら、そろそろと流河に近付いた。
いつも驚いたように見開かれた目は閉じていて、スースーと規則的な寝息を立てている。
しかし、よくも一人掛けの椅子の上にこの体勢を保って眠っていられるものだ。
俺は少し笑って、そんな流河の前にしゃがみ込む。
色白の肌は、窓からの日差しに照らされて一層白く感じられた。
頬に落ちた睫毛の影が、ちょっと何とも云えない。
「うっわ……、」
 思わず小さく呟いて、俺は竜崎から視線を外した。
何だ、これは。エロくないか? 俺は頭がおかしいのか?
やばいとは思っていた。このまま、こいつに近付いていっても引き返せなくなるだけだ。
別に目立って容姿がいいわけではないし、どちらかというと何だこれ?みたいな感じで。
初めて見た時だって変な奴だとしか思わなかったし、リムジン乗って帰るんなら
もっといい服着ろよとか思ったし。正直、アウトだろとも思ったし。
まさか、こんなにも短い期間で考えが変わることになるなんて。

 ――だって、もう触れたいと思ってしまっている。

 触れて、鳴かせて、感じている姿が見たい。
きっと、その姿を見ることで俺自身が一番感じるのだ。
気持ちいいことが嫌いな奴はいない。そうだろう?
 そろりと手を伸ばした。慎重に頬に触れるが、反応はない。
夢で見たのと同じで、肌は滑らかでやわらかだった。
そのまま手を下降させて唇の端を捉えた時、流河の身体がぴくんっと微かに跳ねた。
 ゆっくりと目の前の瞼が開く。俺は慌てて手を引っ込めた。
「よ…よぉ……、」
 どもりながらも声をかけると、流河はぼんやりとしたまま辺りを見渡した。
それから自分がどこにいて何をしていたのかを確認できたのか、
やっと俺の顔を見てぺこんと頭を下げる。
「こんにちは、大谷君。」
 マイペースだなぁと思いながらも、俺は床に落ちいてた本を拾い上げた。
ひょいと流河に差し出す。
「これ、お前が読んでたんだろ?」
「ああ…はい……、」
 まだ寝惚けているのか、流河はこしこしと瞼を擦った。
「……今、何時ですか?」
「ん? ああ……、一時前だけど。」
「そうですか、ありがとうございます。」
 流河はふわりと床に足を下ろして立ち上がった。
相変わらずボロボロのスニーカーを履き潰している。
 何だかな、と思いながらも俺は今まで流河が座っていた横の椅子に腰掛けた。
すると背を向けたばかりの流河の身体が、ぐらりと崩れる。
スローモーションみたいに、ふわふわと彼の身体が後方に落ちていく。
手を伸ばせば安易に間に合う距離だというのに、俺は大分慌てて行動に移した。
落ちてきた流河の背中を抱きとめると、俺の身体ごと椅子に押し戻される。
 ――つまりは、流河が俺の膝に座っているという、状態。
その状態を感知した途端、俺の顔は火を噴いたみたいに熱くなった。
やばいだろ。この体勢は色々とやばいだろ。
何か目の前の髪からシャンプーの匂いとかするし、うなじとか完全に見えてるし。
半ば無言でパニックになりかけた俺を、流河が少しだけ現実に引き戻す。
「――すみません、大谷君。ちょっと、ぼんやりしてしまって……、」
「ん!? ああ…いや……っ、だっ大丈夫か?」
「はい、お陰様で。」
 今度は淀みなく答えた。すっかり眠気も覚めたらしい。
先刻の寝顔、写メで撮っとけばよかったなぁと不埒なことを考えていると
再び流河が俺の名前を呼んでくる。
「あの、大谷君。」
「何?」
「手……離して頂けませんか?」
「へ?」
 見ると俺の両手は、流河の腹の前でガッチリと組まれていた。
無意識ってやつは本当に怖い。
「あっ、わりぃ……。」
 俺は慌てて組んだ手を離した。よいしょ、と立ち上がって流河はこちらを振り返る。
「すみません、ありがとうございました。」
 改めてぺこりと流河は頭を下げた。俺は、ひらひらと胸の前で手を振る。
「や、気にすんなって。ほら何つーか、キャンパスメイトだろ俺ら?
困った時はお互い様っつーか……な。」
 そう云うと流河は、ふ、と微かに笑った。本当に微かだったけれど、俺にはわかった。
少しだけ細められた目に、引き上げられた唇の端。
 見惚れそうになった。手を――伸ばしそうになった――。
「大谷君には、お世話になってばかりのような気がします。」
 流河はそう云うと、ポケットから何かを取り出した。
戸惑う俺の手を取って、何かを握らせる。
「こないだ頂いたチョコレートのお礼です。それじゃ、もう行きますね。」
 くるりと踵を返して、流河は行ってしまった。
俺は手の中のものを確認する。それは、キャンディだった。
透明のフィルムに包まれたピンク色はきれいで、俺は暢気に桃味とかか?などと考える。
 それから、彼に触れられた手に残る熱を思い出して背筋がぞくりとした。
男というのは、どうしてこうなのだろうか。微かな残った熱だけで、
先刻触れたばかりの彼の身体のやわらかさを明確なまでに思い出す。
何だって、あいつはあんなに細っこいくせにやわらかいのだろうか。
膝の上に感じたあの感覚は、もはやそれだけで俺の一物を元気にさせるほどの威力を
持っている。何というか、満員電車で女の尻を擦る痴漢の気持ちが痛いほどわかった。
それに、あのうなじや華奢な肩や細い腕。数え上げればキリがない。
 あいつの全身にやられている。
股の間がジーンズの上からでもわかるほど膨らんでしまうほど。
「しゃぶりつきてぇ……、」
 自分の口から零れた言葉があまりにも切実だったので、俺は少しぎょっとして
ため息をついた。もう引き返せないんだ。わかってるさ。







 くちゅり、と濡れた音が響いた。
俺の両足の間に身体を滑りませた流河は、慣れない手つきで俺のものを扱く。
身体を屈めて彼の唇を舐めると、びくんっと過剰なまでに反応があった。
ここも彼の性感帯になるらしい。しつこくなぞるように舐めると「や……、」と声が上がった。
ぞくり、と俺の欲望が総毛立つ。
「口なんかで感じんの? やらしぃ……そんじゃ、手なんか使わず口でやれよ。」
 俺は流河の頭をぐいっと掴んでそそり立つ物の目の前まで導いた。
大きな目を涙ぐませて、流河は俺の勃起した物を口に含む。下手くそで当然だ。
男が男にフェラチオなんて、専門じゃなければそうする機会なんてない。
幼稚な舌の動きでも、流河が俺の物を銜えているのだと思うだけで興奮する。
苦しそうに顰められた眉も、唇から溢れ落ちた雫も何もかも。
「……ふっ、」
 口の中で更に膨張した物が余程、苦しかったのか流河は顔を背けた。
けほっ、と咳き込む。落ち着くのもまたずに俺は流河の足首を引っ掴んだ。
バランスを崩した細い身体が床の上に横たわる。
両膝を開いて露わになった局部の、すぐ近くに唇を落とすとぴくっと反応があった。
これをかわいいと思うんだから、俺も行き着くとこまで行き着いたと思う。
 もう、まだるっこしいのはやめだ。
俺は堅くそそり立った物を流河の奥まった部分に、ぶち込んだ。
「ひぎぃ……ッ!」
 耐え切れなくなった流河の唇から、そんな声が上がる。
前戯も下準備もせずに突っ込んだのだ、想像を絶する痛みだろう。
俺自身、その絞めつけられる感覚に頭の芯がぼうっとしてくる。
「力抜け、流河……!」
 云うと流河は、ぎゅっと堅く目を瞑ってかぶりを振る。
余裕がないのだ。こめかみに零れた雫を舐めるとしょっぱかった。
 無理やりに挿入を繰り返していると、灯かりがともったように流河の頬に赤みが差す。
一際、強く挿し込むとびくんっと跳ねて喘ぐ。
「……っん、」
「――鳴いていいぜ?」
「っ…ん…ぅ……、」
 一生懸命、口を引き結んで耐える姿も俺を煽る要因にしかならない。
どうしてこんなに俺を煽るんだよ。
どうしてこんなに俺の心を揺さぶる?
どうしてこんなに――、








「……、」
 トイレの個室で便座に腰掛けたまま、ぼんやりと汚れた手のひらを見つめた。
これは、ただの欲情だ。それ以外の何物でもない。
半ば自分に云い聞かせるように、俺はトイレットペーパーで大雑把に手を拭いた。
満たされたばかりだというのに何かが空っぽな感じがして、
その何かがわかっている癖に俺は見ないふりを決め込んでジーンズのチャックを上げた。
だって、わかるだけ無駄だろ。
くだらないことだろ。
「……アホか。」
 呟いて、俺は個室を出た。

 

 

 

[PR]動画