熱い頬


   東大に入学したってだけで世間は俺を尊敬の眼差しで見る。
まあ、それだけ大変なことを成し遂げたと思われているのだろう。
確かに死ぬほど勉強もしたし、高校時代は遊びもせずに真面目に予備校に通った。
それもこれも、いい大学に入って思いっきり遊びまわることが
目的の八割ほどを占めているわけで、後はまあこれからの未来への対策として。
元々、勉強が出来ないわけでもなかったし嫌いでもなかったから、
自分は色んな意味でラッキーな境遇にいるのだと思っていた。


「おい、来たぜ……、」
 キャンパスの中庭に腰掛けていた俺は、高校が同じだった友達の声に顔を上げる。
見ると今年五教科満点でトップ合格を果たした夜神月と流河早樹の二人が
向こう側から揃って歩いてくるところだった。
「さすが有名人。オーラが違うねぇ。」
 夜神は顔もいいし人当たりもいいので、すぐ女にキャーキャー騒がれて有名になった。
そして、流河の方はというと夜神とは全く正反対のまるで生気のない顔に
その一風変わったいでたちから「天才肌」と云われ、また有名だった。
この有名な二人は揃ってつるんで一種この大学の名物とも云えるほど、
多くの学生達や教師達の目を惹く存在であった。
当然だ。有名になる要素が、あの二人には有り過ぎる。
 二人が、どんどん近付いてくる。
俺は無意識のうちに手を上げて声をかけていた。
「よぉ、また二人でつるんでんのか?」
 声をかけると、夜神が先にこちらを見て笑みを作り「まあね、」と云った。
流河はこちらを見てぺこ、と軽く頭を下げただけで何も云わない。
「大谷だっけ? 新館コンパの時に隣の席だった。」
「光栄だねー。こんな有名人に名前覚えてもらってるなんて。」
 夜神は否定も肯定もせず、曖昧に笑った。
確かに整った顔である。これで賢いなんて本当に神様を恨みたくなるほどだ。
 すると、そんな夜神の後ろの立っていた流河がひょこりと顔を覗かせてきた。
何だ?と思い、彼の視線の先を追いかけると、先刻同じサークルの女の子から貰った
チョコレートの箱をじっと見つめているらしい。
自分のカバンの上に置きっぱなしにしていたチョコを指差しててみる。
「流河、チョコ好きなの?」
「はい。」
「じゃあ、食っていいよ。貰いもんだけど。」
 ひょいと箱の中からチョコをひとつ摘み上げて流河の方に差し出した。
もちろん彼の手のひらに移動させるために摘み上げたのだが、次に起こったことは
俺が予想していたこととは大分食い違っていた。
流河は俺が摘み上げたチョコレートに、そのままパクリと食いついたのだ。


 ――正直、何が起こったのかわからなかった。


 流河は口の中をもごもごさせていて、
夜神は「本当に流河は甘いもの好きだなぁ、」などと暢気なことを云っている。
「ごちそうさまです、」とぺこりと頭を下げた流河の声を聞きながら、
俺はまだ呆然としたまま何とか頷いた。
「それじゃ、また。」
 そう云って、去っていく二人の背中を見つめながら、
俺は何とか気を静めようと必死になっていた。
 でも無意味にも頭に浮かび上がるのは、自分の手から直にチョコレートを口に含む時の
流河の顔で、指先には微かに触れたやわらかな唇の感触まで色濃く残っていて。
「やっぱ変わってるよなー、流河って。」
 隣で呟く友人の言葉を聞きながら俺は、やっと大きく息をついた。





午後に一コマだけ授業が残っていたので広い階段教室に戻った。
天気が良くてあたたかいのもあり、一番後ろの席に座っていた俺は
色んなことを考えながらもうとうとと居眠りをこく。
それから一時間ぐらい眠っただろうか。俺は変な夢を見た。


 どこかの室内。部屋は薄暗くて、自分が乗っているベッドだけは確認できた。
不意に、ベッドのシーツ以外のものが自分の目に飛び込んでくる。
 ――人だった。
華奢な身体は何も身につけておらず、俺は思わずその細い手首を掴む。
そのまま自分の方に引き寄せると、紙切れみたいに軽くひらりと俺の胸に落ちてきた。
細くて長い手足はしなやかに伸びて、闇の中でもわかるほど白い。
触れた肌はさらりとして気持ちが良くて俺はその裸の胸に頬を摺り寄せてみる。
ひくん、と微かに肩が震える。それを見て、自分の奥底がカァッと熱くなるのを感じた。
 不躾なぐらいこの手で、その身体を嬲る。
平らな薄い胸を無理やりに揉みしだいて、首筋に舌を這わせた。
その肌は甘くてうなじをなぞると、またひくん、と震える。
小動物みたいに震えてるくせに、抵抗はしてこない。
感じているのか、時々頬に熱い息がかかった。その息も、甘い。
 尾てい骨からうなじまで、ぬるりと舐めた。
小さく喘ぐ声が聞こえて、自分の頬が一層熱くなるのがわかる。
足を開かせると、恥ずかしそうに身じろいだ。
たまらない。
それほど女との経験があるわけではないけれど、
こんな風に誰かを触ることで自分が感じるなんてないと思った。

 本当にどこもかしこも甘くて、躊躇することなく俺は色んな所をしゃぶった。
足の指の間も太腿の裏側も脇の裏も、体毛が薄くて滑らかである。
黒髪を撫でてその頭ごと俺の足の間に導くと少し怯えたように、けれど従順に
生暖かい唇で俺のものを銜えこんだ。
尻を撫でてやると、少し切なそうに鳴き声を上げる。
触れるところ全部が性感帯みたいにぴくぴくと反応を示すのだ。
そのまま、やわらかく真っ白な双球を割り開くと、肉が捲れて秘部が明らかになった。
そこだけが鮮やかなまでに赤い。
目が離せなかった。つぷ、と指を挿れるとしなやかな肢体がびくんっと跳ねる。


 ああ……、


 熱い息を吐く。互いの身体は、もうぬるぬると濡れそぼって
どちらがどちらの肉なのかわからないほど近過ぎて、
俺は思い出したように桃色に染まった目の前の頬に手を添えた。
親指で撫ぜた唇はやわらかであたたかい。
キスをするために上向かせて初めて見たその顔は――、














 目が覚めると、もう授業は終わってガヤガヤと周りの生徒達が教室を出て行く所だった。
俺は寝ぼけ面のまま、ぼんやりと先刻の夢のことを考える。
余韻に浸ってと云った方が正しいだろうか。
もはや自分に対する言い訳も思いつかないほど、夢は望みを映す鏡だと思い知らされる。(や…ホモじゃねぇけど、俺は。)
 ホモでもないし変態でもないつもりだ。だって自分は今までごく普通に生きてきた。
――それでも、身体は正直なもので。
(とりあえず、処理……。)
 はぁ、と大きく息を吐いて俺はよろよろと席を立ちトイレへ向かった。

 

 

 

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