嫁と過ごす楽しい休日
 〜お見送り編〜


   シャワーを浴びて部屋に戻ると、Lはまだベッドの中に残っているようだった。
ひょいと、顔を覗き込むと大きな黒い瞳と目が合う。
「おはよう、」
 声をかけるとLは愚図るように毛布に顔を埋めた。
「L?」
「……。」
やっぱり、まだ昨日のことを引きずっているんだろうか。まあ、確かにえらいことを
しでかしてしまったとは思うが……誠に勝手ながら、Lに機嫌を直してもらわないことには
本気で困る。折角の休みを嫌な気分で帰させるわけにはいかないのだ。
 俺は、Lの白いうなじに顔を埋めて唇を当てた。
予想通り、ぴくりと反応を示すLに気を良くした俺は更に露わになった肩にキスする。
「……、」
 ちゅ、ちゅ、と小さなキスを柔らかな皮膚に落としていく。
Lは堪えるように、きゅっと縮こまっていたが、やがてやんわりと顔を上げた。
「くすぐったいです……、」
 はにかむような表情に、俺は口許が緩むのを感じた。
「ごめんなー、L−……。」
「……もう忘れました。」
「うん、そうしてくれると有り難い……。マジで、ほんっとにごめん。」
「もう、いいですから。」
 困ったようにLは、ぽんぽんと俺の胸を叩いて宥めた。
寝起きの体温は温かくて、肌越しにじんわりとLの熱が伝わってくる。
もう少し、このままでいたいけれど残された時間が少ないというのも事実で。
俺は名残惜しく、Lを掴まえていた腕を放した。
「シャワー行って来いよ。朝飯の用意しとくから。」
 云うと、Lは素直にこくりと頷いた。







  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・


 風呂上りのLをタオルで拭いてあげて、朝食を済まして、支度をして、
その間に俺とLは隙さえあればくっついたりキスをしたりした。
往生際が悪いと思われるかもしれないが、永遠の別れでもないってのに
名残惜しくてたまらない。本当は帰したくないし、家にずっと閉じ込めておきたい。
でも、それが出来る男ならLは俺のことを好きにならなかっただろう。
「忘れ物ないな? ……っつても、大したもん持ってきてねーか。」
「大丈夫です。」
 Lは助手席で、ゆっくりと頷いた。
ぼんやりと視線をやっている空は快晴で、ふわふわとした白い雲が流れている。
穏やかな空気だった。初夏の日差しはやわらかく、少し開けた窓からは
若草色の風が吹いてくる。
俺はハンドルを握り前を向いたまま、Lに話しかけた。
「ケーキでも何でもいいから、きちんと三食たべるんだぞ。」
「はい。」
「風呂もちゃんと入れ。耳の裏まで洗え。二十数えてからあがれ。」
「はい。」
「少しでもいいから寝ろ。でも、腹出して寝るのはダメだぞ。」
「はい。」
「……。」
「……。」
 日曜の昼だというのに、道はそれほど混んではいなかった。
渋滞でもしていればもっと長くいられるのに、とついつい思ってしまう。
カーラジオからは、ボリュームを下げたパーソナリティの声と、
最近よく聞く曲が流れている。シートを深く身を沈めて、いつものごとく膝を立てて座る
Lは未だ窓の外を見つめたままで表情を伺うことはできなかった。

『愛しあうふたり 幸せの空』

 微かに聞こえてくる曲以外は、全くもって静かだった。
俺は二本目の煙草をふかす。

『となりどおし あなたとあたし さくらんぼ』


「――なあ、L。」
 俺は無意識にLを呼んでいた。くるりと、彼が振り向く。
辿り着いたホテルの脇に一旦、車を停車させた。
「無理すんなよ。」
 自由になった手で、Lのやわらかい髪をくしゃりと撫でた。
Lの無表情な顔に微かだが笑みが差す。
伸びてきた華奢な指が、俺の頬を捉える。ちゅ、と唇が触れ合った。
「――はい。」
 返事を返して、Lはよいしょと自分の荷物を持った。
俺は慌てて用意していた二つの包みを後ろのシートから取り上げる。
それをLに差し出した。
「こっちの大きい包みは捜査員の人達用、こっちの小さい包みはお前用だ。
憶えたか? 間違えるなよ。」
 Lは小首を傾げながらも「ありがとうございます、」と受け取った。
俺は満足そうに頷くと、またLの頭をくしゃくしゃと撫でる。
それから、ほっぺたにまた軽くキスをした。
「まーとりあえず、頑張っていってらっしゃい。」
「……いってきます。」
 Lが返事をしてから、俺はギアをドライブに入れた。
ゆるゆると車が動き出す。激しい痛みこそ感じないけど、少しだけ苦しい。
俺は精一杯の理性をふり絞ってLをかえりみて、元気に手を振って見せた。
次にLが帰ってくるのは、予定では二週間後。
「まだまだ遠いなぁ……、」
 ため息をつきながら、俺はじんわりと疼く胸を擦りながらハンドルを滑らせた。





 去っていく車が完全に見えなくなるまで、Lはその場に立ち尽くしていた。
それからぼんやりとした思考の中で、先ほど貰ったばかりの包みのことを思い出す。
確か小さい方が自分用だと云っていたっけ。
 Lはパリパリと、その小さな包みを広げてみた。そこにあったものは――、
「さくらんぼ……、」
 艶やかに熟れたさくらんぼが、日差しに反射して光る。
眩しいだけじゃない何かもっと別の理由で目を細めて、Lはくるりと踵を返し
ホテルの方へ歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

さくらんぼがもう俺Lソングにしか聞こえないよ、358氏。(こんなとこで申告するな)
とりあえず、お休み終わり。ありがとでした。

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